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最終更新日:2021年6月29日
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ペンギン館には現在、40羽のマゼランペンギンが暮らしています。須磨海浜水族園でのマゼランペンギン飼育の歴史は25年にも及び、今も昔も人気者の地位は揺るぎません。
日本におけるペンギン飼育の歴史は結構古く、記録にあるのは1915年。初めてペンギンが日本に来たのは上野動物園で、チリ産のフンボルトペンギンだったそうです。マゼランペンギンが初めてスマスイへとやって来たのは1988年12月24日のことです。12羽のマゼランペンギンが来園し、翌年にも7羽が来園、合計19羽で飼育がスタートしました。
マゼランペンギンの故郷はマゼラン海峡。マゼラン海峡といえば南米の最南端。太平洋と大西洋を結ぶ海の難所です。そこを中心に生息していますが、皆さんがペンギンでイメージする雪や氷で覆われた場所ではなく、所によってはサボテンも生えているような乾燥した土地です。ここに穴を掘って生活しているのです。当時のスマスイではイルカライブ館の脇にペンギンプールがあり、メス7羽、オス12羽のペンギンたちはそこに収容されました。当時の担当者やそれを引き継いだ現ペンギンチームの努力のかいもあって、メス5羽は順調に卵を産んで、2013年までに36羽の子ども、さらに63羽の孫、ひ孫が誕生しました(うち24羽は他の施設に搬出)。ただし、54羽が死亡したので、現在は40羽のペンギンたちが暮らすに至っています。その間、2009年に魚類を飼育していた「森の水槽南館」をペンギン館にリニューアルし、さらに2012年にはその飼育スペースを大きく広げました。
現在飼育している40羽のうち4羽は初代の19羽の生き残りです。既にスマスイに来てから25年が経過したこの4羽は、現在日本の水族館や動物園で飼育されているマゼランペンギンの中での長寿トップ10に名を連ねており、1988年にやって来た1羽は、日本で2番目に長寿なマゼランペンギンです。この長寿ペンギン愛称「ピンク」ですが、スマスイで最も繁殖に貢献したペンギンでもあります。現在飼育中の40羽のうち22羽は、このピンクの血を受け継いだ子孫です。ピンクはまだまだ元気で、春になると「まだまだ現役」と言わんばかりに、熱心に巣作りや抱卵・育雛(いくすう)に励んでいます。
このようにして南米から連れてこられた19羽を元に、現在のスマスイペンギン村ができているのですが、心配なのは近交係数が高くなること、一般的に言うと血が濃くなってしまうことです。スマスイではまだ奇形などの障害は出ていませんが、そのような問題が出てくることが心配です。
ペンギンは一度夫婦になると、その関係を維持します。スマスイでは27のペアができ、実際に繁殖したメスは22羽で、相方と別れ別のペアをつくったメスは4羽だけ。つまり、離婚率18%で、日本人の離婚率よりも低いのです。節操のある夫婦関係を維持することが、子孫繁栄につながるのかもしれません。
『うみと水ぞく』2013年12月号5ページ「スマスイいきものHISTORY」より
上記の掲載内容は2013年12月時点の情報です。
18種類いるペンギンの中で中型サイズで、体長約70cm、体重約4kg。体の模様は、顔を囲むように白いライン、胸部に2本の黒いラインがあるのが特徴。かわいらしい外見に似合わず、低く太い声で鳴く。それがロバに似ていることから「ジャッカスペンギン」(ジャッカス=オスのロバ)と呼ばれることもある。砂地に穴を掘ったり、小さい岩の割れ目などの穴に営巣する。2つの卵を産み、約40日間オスとメスが交替で抱卵する。当園では3月中旬頃から産卵が始まる。孵化(ふか)してすぐの雛は手のひらサイズだが、3カ月ほどで親とほぼかわらない大きさになり巣立ちを迎える。
(『うみと水ぞく』2010年6月号スマスイ生き物図鑑)
生息地域(南米大西洋岸、太平洋岸、フォークランド諸島)
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