ホーム > 区役所 > 灘区 > 区の紹介 > 区の魅力 > 灘区とコーラスのつながり

灘区とコーラスのつながり

最終更新日:2024年11月5日

ここから本文です。

灘区とコーラスの深い「つながり」をご存知ですか?
区内には全国レベルのコーラス団体が各世代で活動しています。
このページでは、みなさまにコーラスの魅力をより身近に感じてもらうために、区内コーラス団体のコラムや、灘区コーラスフェスティバルの情報を掲載しています。

コラム

第9回:灘区、合唱、そして私

 私は、この灘区コーラスフェスティバルに初参加ですが、灘区・合唱と自分の関係をふと考えてみると、なぜだか人との出会い・縁を感じざるを得ません。
 このマリーホールのすぐ近くで生まれ育った私は、小学校・中学校・高校・大学とすべてこの灘区内で過ごしたのですが、各々の学校どこでも有難いことに、音楽・合唱の素晴らしさを教えていただける先生方に出会うことができました。小学校では合唱・鼓笛隊等ご指導いただいた名田谷先生、中学校では遊びで弾いていたピアノから合唱部の伴奏へとご指導いただいた大石先生、高校では合唱だけでなく音楽すべてをご指導いただいた矢田先生、そして音楽の道に進んだ大学では中村先生、武谷先生、米良先生、斉田先生、坂東先生だけではなく多くの先生方に音楽を学ぶこととなったのです。
 さらに、私はピアノ専攻なのですが、その恩師、魚谷先生も親和女子高等学校コーラス部卒業生、押田先生も神戸高等学校合唱部の創設者であり、灘区・合唱に深い縁のある方でした。また、女声合唱団の伴奏を少しばかりさせていただいたこともあるのですが、その指揮をされておられたのが神戸高校初代指揮者の柳先生でした。
 神戸高校に赴任した今、陸上・ラグビーと単なるスポーツ少年だった私に、合唱・音楽の魅力を注ぎこんでいただいた全ての先生方には感謝の言葉しかなく、偶然とは思えない全ての先生方との出会い、灘区コーラスフェスティバルとの出会いには、何か深いものを感じざるを得ないのです。
 この灘区コーラスフェスティバルが行われているマリーホールから見る都賀川、六甲摩耶の山並みの景気は私が生まれて半世紀以上変わらず、また震災前からそびえたつマリーホールも変わらずあります。今後も、この山並み、川の景色、マリーホールとともに、このフェスティバルを通じて合唱の素晴らしさを皆さんで分かち合えることが続いて行くことを切に願います。

(兵庫県立神戸高等学校合唱部顧問・能島秀邦)

神戸高校の合唱

これまでのコラム

第8回:灘フェスに参加する中で感じていること/ピアニスト・内藤典子(2024年8月)
第7回:灘区コーラスフェスティバルを終えて/神戸市立鷹匠中学校合唱部部長・立尾美陽(2023年1月)
第6回:私とコーラスフェスティバル/親和中学校、親和女子高校教諭コーラス部顧問・麻田健洋(2023年8月)
第5回:日本における合唱の黎明期と灘区における合唱活動/灘区コーラスフェスティバル司会進行・矢田正一(2023年1月)
第4回:今年の灘区コーラスフェスティバルを振り返って/神戸大学混声合唱団アポロン部長・松田衣里加(2022年10月)
第3回:神戸高校合唱部75年/兵庫県立神戸高等学校合唱部顧問・林香世(2022年5月)
第2回:灘区コーラスフェスティバルが設立に至る経緯について/灘区コーラスフェスティバル実行委員長・北畑雅敏(2022年2月)
第1回:灘区と合唱の不思議な縁(えにし)/灘区コーラスフェスティバル副実行委員長・濱田直勝(2021年12月)

灘区コーラスフェスティバル

灘区の素晴らしいコーラス文化を大切に育て、次代へ伝えていきたい。そのような願いから、1998年に第1回「灘区コーラスフェスティバル」が開催されました。それから毎年秋頃に、灘区コーラスフェスティバル実行委員会と灘区役所との共催で、灘区民ホールにて開催しています。
このイベントでは、区内のコーラス団体(学生から一般まで)が集まり、素敵な歌声を披露しています。
コーラスがもともとお好きな方はもちろん、普段コーラスに触れる機会のない方も、ぜひ、お気軽にお越しください!
これからも癒しのひとときをお届けできるよう、発信・継承していきます。

第27回灘区コーラスフェスティバル

第27回灘区コーラスフェスティバル(2024年)は、2024年9月29日(日曜)に灘区民ホール大ホールで開催しました。

合同合唱「しあわせ運べるように」(鷹匠中・親和中・親和女子高・神戸大学アポロン)

合同合唱「大地讃頌」(はもーるKOBE・神戸中央合唱団・神戸高)

経緯(第2回コラムからの抜粋)

阪神淡路大震災から1年経った頃、まだ灘区内は、倒壊した家屋の後片付けや更地になった地域が多くありました。当時自分の合唱団も多くの団員が被災していましたが、何とか練習再開して行けるくらいの状況でした。自分たちの力になるのは、歌うことだと思い、練習再開しましたが、周辺の状況を見ていると、灘区の被災した方々にも自分たちのお子さんや周りの学校の子供たちが歌う姿を見れば、元気が出るのではないかと思いました。

周りの学校や団体をよく見ると、コンクールなどで立派な演奏する団体が灘区内に沢山ひしめき合っています。これだ!と思いました。灘区の皆さんが元気を出せる、自分たちの地域でこんな素晴らしい合唱が盛んで子どもたちや学生大人など広い世代にわたって元気を出して歌っていることが生きる勇気や自信につながるのでなはいかと思い、コーラスフェスティバルができないか、灘区内で活動する近隣の学校の合唱部や合唱団に一緒にやりませんかと声がけすると共に灘区役所のまちづくり課に相談しました。

当時区役所としても、震災復興のために様々な施策を行っていましたが、心の復興というテーマは当時まだ少なく、多世代にわたってのコーラスフェスティバルは生涯学習の面でも意味があること、さらにまた音楽的に見ても、また全国的に見ても地域にこれだけ多くの多世代にわたっての高水準のコーラスグループがあること自体、区の個性であり、財産でもあるととらえていただき、区役所と共催できることになりました。

始めて数回目の時に合同合唱の指揮をお願いした、元神戸高校の先生で兵庫県合唱連盟理事長でもあられた故平田勝先生から演奏終了後に「いいことやっているから、これからも続けてできたらいいね。」と言っていただいたのを良く覚えています。

震災後灘区の皆さんに元気を届けられ、また灘区から多くの合唱や音楽を愛する人たちが生まれています。この会の意味をあらためて思います。

現在、中学校4団体、高校3団体、大学1団体、一般2団体いずれも、兵庫、関西を代表する団体で、区民の一人としてもとても誇らしいと思います。

(灘区コーラスフェスティバル実行委員長・北畑雅敏)

お問い合わせ先

灘区総務部地域協働課